シアワセ
「今現在私がとても幸福な環境にいるのは認める」
私はその少女に話し始める。
「だがまるで幸せではなく、例えば嬉しい時でも辛い」
「嬉しい時でもつらい?」
彼女が私に聞いた。
「嬉しいと感じている自分が恥ずかしく自己嫌悪する」
「幸福を一人占めしたような気分になるからだね」
「幸福な環境にいるから辛いと感じるのは更に恥ずかしい」
「ちなみにキミの今の環境は?」
「親は金持ちで私に愛情を惜しみなくくれ、恋人もいる」
「何か問題は?」
「強いていうなら問題がないのが問題だ」
「確かに幸福だね」
「過去にも一度として不幸だった事はないんだ」
「でも、ううん、だからこそ不幸せなんだ?」
「何をしても幸せを感じられず、でも幸せそうにしなくては」
「他人に高望みだと言われるだけ?」
「そうだ」
「そう……ふーん」
「幸せは無くただ辛いだけなら何もない“無”の方がいい」
「じゃあここで靴を脱いでいたのは自殺しようと?」
橋の下の川から冷たい風が吹いてくる。
私は自分の足元の並べて置いた靴を見た。
「そうだ」
「どうしても死にたいのなら後一日だけ待って」
「何故」
「何かしてあげたいから」
そう言い残して少女はふっと風の様に消えた。
私の自殺を止めに来た天使だったのだろうか。
そう思ったがすぐにそんな考えは消した。
「死後の世界なんてあってたまるか」
そんなのがあったら死んでも意味がない。
あれは幻覚だ。
だけど。
“後一日待って”
本当に何か起こるだろうか。
一日位なら我慢できるのではないだろうか。
考えて今日はそのまま家に帰る事にした。
しばらく歩いていると目の前を烏が横切った。
驚いて思わずその烏が行った方に目を向ける。
するとそこには烏はおらず、代わりに恋人がいた。
私以外の人と恋人同士のように腕を組んで。
恋人が私の視線に気付いた。
しまった、というような顔をする。
私はあまり事を荒げたくないのですぐ立ち去ろうとした。
しかし恋人と腕を組んでいた相手まで気付いてしまった。
どうなる事かと思ったが、私が別れる事ですぐ話はついた。
あちらが私の存在を知った上の付き合いだったからだ。
早く片付いたのは良かったがやはり私は悲しかった。
恋人に裏切られた気もしたし奪った相手が憎い気もした。
胸がどうしようもなく痛かった。
翌日。
私は昼になってもまだ布団の中にいた。
目の周りが腫れてしまった為、仮病を使ったからだ。
ぼんやりしていると突然大きな音が聞こえた。
何かが割れるような音だ。
「母さん大丈夫ー?」
母が何か落としたのかと思い声をかけた。
しかし返事がない。
慌てて布団から出て台所に走ると母はそこにはいなかった。
代わりに金属バットを持った見知らぬ男が一人。
「強盗か?母は何処だ」
「ベランダで寝てもらったが永遠に起きないかもな」
私はそれを聞くと頭に血が上り男に殴りかかった。
すると舌打ちが聞こえバットが振り上げられ……。
………………。
頭の痛みに耐えながら意識を戻した私は柱に縛られていた。
目の前には母がいたが声をかけても起きない。
そして部屋の中に煙が入って来ようとしていた。
必死で暴れるが縄はびくともしない。
このままだと死ぬ。
昨日死のうとしていた時の気分とは反対に恐かった。
昨日あの少女の言う事を。
「私の言う事を聞かなければ良かった?」
いつの間にか昨日の少女が隣にいた。
「どう?不幸のお味は」
笑いながらそう言う彼女の背には黒い羽。
「人間は本当に欲張りね?」
「悪魔だったのか」
「もっと幸せを感じたいと願う人間に不幸を与える役だよ」
シアワセヲカンジタイ。
「今どんな気持ち?長年の願いが叶ったキミは」
今私は。
どんな気持ち?
怖い悲しい痛い苦しい辛い悔しいとても不運で不幸。
「ははっ……最高な気分だ!」
2007/01/28