満月と新月
白が好きだった。
何もない真っ白が大好きだった。
ある夕方、美術教室を借り、箱に彫刻をしていた。
するといつの間にか、あいつがいた。
相変わらず真っ黒な姿をしている。
ズボンも上着も被っているマントもその中の髪も真っ黒。
そいつが口を開く。
「相変わらず真っ白だね君は」
「……これは制服だ」
「言わなくてもわかるさ」
それからこちらを覗きに来る。
「何彫ってるんだ?」
「……枠」
「だけなの?」
そのつもりなので首を縦に振った。
「……ハハッ君らしい」
そいつは何気ない素振りで小丸刀を手に取った。
「君の白い頬に赤い薔薇を彫ってやろうか」
「……凍らせるか何かしないと上手く彫れないぞ」
返答を聞いて呆れ顔になり小丸刀を下ろす。
「なんでいつも逃げないんだ」
「……大した未練が無いからな」
「今日は『大した』なの?」
「……本を貸す約束をした」
「……アハハ、成程。それじゃ」
あいつはいつも通り闇に溶け込むように去って行った。
なんで自分なのか、と聞くと無言で微笑まれた。
その顔が哀しそうだったからそれ以上聞く事はなかった。
数日後の、やはり夕方。
先輩に頼まれ白のイベントカラーを買いに出た。
その帰り道、あいつがいつもと違う表情で襲ってきた。
千枚通しを震える手で振り回している。
苦しそうな、顔。
何処も見ていないが見開かれた眼。
小さく何かを呟き続ける唇。
何処かで見た表情だった。そう、確か……。
「死ね」
一番最初に襲ってきた時もこいつはこんな顔をしていた。
「……っ」
攻撃を避けきれず腕に痛みが走る。
間を置かずに千枚通しが心臓を目掛けて突かれる。
これは避けられなさそうだと思い咄嗟に手を前に出した。
激痛が走り千枚通しが手を貫通する。
根本まで刺さったところでそれは止まった。
「どうして今日は逃げるんだ」
今まで避けた事なんて無かったのにどうしてだろう。
「……未練ができた」
「!……何だ?」
何だろうか。
「……お前を、殺す事だ」
そう言って手に刺さっている千枚通しを掴む。
そしてそのままそれを奪い取った。
「……ハハハ!じゃあ殺せ。文句は、無い」
そいつは両腕を広げ目を閉じた。
だから千枚通しを手から引き抜き地面に置く。
それからそいつのマントを脱がせ上着も脱がせた。
まだ目を開けないようだ。
今度は血を付けないように自分の上着を脱ぎそいつに着せた。
そこでやっとあいつが目を開ける。
「何を、してる?」
抵抗しようとしたので蹴り倒す。
ズボンを脱がせて、代わりに自分のズボンを履かせた。
さらに靴も交換する。
最後に転がっていたイベントカラーをその黒髪にぶちまける。
すっかり白くなったそいつは呆けた顔でこちらを見ていた。
「何なの……何のつもりだ、これは」
「……黒いお前は殺した、そして死んだ」
そう言って散らばった黒い服を指で示してやる。
「……だからお前は真っ白から始めるんだ」
暫くそいつは固まっていたが突然弾けたように笑い出す。
「あはは、ふふっ、ははははは、くくくっ」
腹を抱えて目を細め大きく口を開けて。
「あははははっ」
本当に楽しそうに、笑った。
2006/08/20