綴じた楽園
バラバラな人間達を一つに綴じた仮初の楽園。
午後五時。
「ただいまー」
玄関を開け一人の男が入ってくる。
男が靴を脱いでいるとぱたぱたと子供が駆け寄ってきた。
「……!」
「おーただいま文昭、ちゃんといい子にしてたかー?」
「……!!」
文昭と呼ばれた子供はにっこり笑って男に飛び付く。
「おっとと、ははは、まだまだ甘えん坊だなぁお前は」
男も笑って子供の頭を掴む様にくしゃくしゃと撫でた。
「お帰りなさい、あなた」
部屋に入ると女が出迎えた。
「ただいま」
「今日もお疲れ様」
そう言って男の頬にキスをする。
「ご飯できてるわよ、用意するからちょっと待ってね」
「お前の料理は美味いからいつも楽しみだよ」
「ふふっ褒めても何も出ないわよ」
「本当の事だよ。なー文昭?」
「……!!」
一見ただの幸せそうな家族。
だが。
午後七時。
「じゃあ、行ってきます」
男は外に出た。
続いて子供も家から出てくる。
「……!」
「いってらっしゃーい……」
別々の方向に去っていく二人を女は見送る。
そして二人が見えなくなると扉に鍵をかけ家を後にした。
その家に表札は、ない。
前の住人の表札の上にはガムテープが貼られている。
午後七時半。
男は家を出てから古く小さなアパートの一室に入った。
その玄関には男の苗字が記されている。
部屋の中は足の踏み場もなく、万年床には黴が生えている。
男は戸締まりをすると鞄を放り投げた。
中から求人雑誌や履歴書が飛び出して散らばる。
次に服を脱ぎ溜まった洗濯物と共に洗濯機へ放り込む。
それからやかんで湯を沸かそうとしたが火が点かない。
ガスは数日前から止められていた。
男はそれを思い出すと、床の物を蹴り除け腰を降ろした。
男は孤独だった。
同刻。
子供はある高級住宅街にある家の中に入った。
「……」
リビングからは楽しそうな声が響いてくる。
リビングに入ると皆一度こちらを見るが話を続ける。
もう辺りも暗く外を出歩く時間ではないが注意すらしない。
子供は彼らに無視されていた。
『話せない者に話し掛けても返答が無いから無駄』
いつか、家庭訪問にきた学校の担任に彼らがこう言った。
彼らはそう信じているのだ。
だから話す事の出来る者と話し続ける。
それに子供は悲しそうな顔をし自分の部屋に向かった。
ぱたんと部屋の扉を閉めベッドにゆっくりと座る。
部屋には埃を被ったランドセルがあった。
学校は家よりも酷い状況なので何日も休んでいるのだ。
子供ははぁ、とため息をつきリビングとの壁を見つめる。
血の繋がった家族達の笑い声がどっ、と聞こえた。
子供も孤独だった。
午前一時。
ガチャリと玄関が開く音がする。
女は帰ってきたその人物を迎える為玄関へ急いだ。
「……お帰りなさい……昭彦さん」
「けっ、しけた面しやがって」
「キャッ……」
赤ら顔のその男は女を突き飛ばした。
「切角てめーの為に稼いで来てやってんのによ」
「ごめんなさい……」
「はっ、屑だな!」
そう言うとソファに腰を降ろした。
「酒とつまみ」
「……はい」
女とこの男との間に夫婦らしさは皆無だった。
「どうぞ……」
「愚図」
「ごめんなさい」
「あーあー、なんでこんな奴と結婚しちまったんだろーな」
「……」
「世間体だとかなんだで離婚もできねーし」
「……」
「一生こんな奴にたかられなきゃなんねーのかよー」
「……」
「何とか言えやコラ!この根暗女っ」
そうやって男に罵倒される愛の無い毎日。
女もまた孤独だった。
2007/06/03