かけられた声に振り向いて。





哀傷歌。
藍色の海。
冷たい潮風。
荒く寄せる波。
誰もいない砂浜。
もう日が暮れた夜。
残るたくさんの足跡。
辿りつくのは原点。
彼のいない日々。
くり返す科白。
切ない後悔。
彼の面影。
喪失感。

歌う海の風と波せまる浜は夜の跡を点々と白くのこす。
悔いる影はみじんも感じられない。



「何があったんだ?」

海。
海を見に行った。
彼と二人で。
うん。
風が強くて、飛ばされそうだった。
緑茶、二本買って。
おにぎりも何個か買って。
それから彼の車に乗った。
私も彼も好きな歌をかけて。
歌いながら海に向かった。
そうそう途中で道を間違えたの。
行ったり来たりしてた。
でも路上で小遣い稼ぎしてる農家のお婆さんを見つけてね。
その人に道を尋ねたんだ。
そしたらね、あんたら反対方向に来とるよって。
紙に地図を書いてくれたんだ。
それを見ながら行ってようやく海に着いたの……。

「あの海岸に」

そう……。
私の好きな砂浜。
近くには彼の好きな、岩のごつごつした崖もあった。
やっと探し当てた、二人の好きな物の揃った。

海岸。
そこで彼はいなくなった。

「なんで彼はいなくなったんだ?」

私が呼んだから。

「?どこで」

岩の上。

「その海岸にあった崖の岩か」

そう、そこで彼の名前を呼んだの。
シアワセだったから。
とてもシアワセで恐かったから。
呼んだの。

「そうしたら彼は」

振り向いて、…………落ちた。

「足を滑らせ真っ逆さまに、ね」

彼は…………いなくなったの。
大好き……大好きだったのに……!
……かけられた声に振り向いて。
彼は何処かにいなくなった。
だから。
藍色の海、冷たい潮風、荒く寄せる波、誰もいない砂浜。
もう日が暮れた夜、残るたくさんの足跡。
そんな見える景色全てに向かって力の限り叫んだ。

彼を返して。

彼が私を置いて何処かに行くなんて有り得ない。
彼はずっと一緒にいようって言ったの。
だからあなたが彼を奪ったんでしょう。
返して。

彼を追って辿りつくのはスタートした原点。
彼のいない日々なんかいらない。
ただただくり返す同じ科白。
でもこれはただの切ない後悔。
いろんなものにみられる彼の面影。

さびしいよ…………もどってきて…………


「……かけられた声に振り向いて」

彼は。



…………死んだ。










2006/12/17