愛する人に手向けの花を


テーマ:氷漬け、グロテスク


花。
彼は毎年、彼女の誕生日と命日に、花を供える。
二人が生きていた世界に、と言い換えた方が正しいだろうか。
彼もまた、生きているとは言い難いから。

私は今、彼の世話人として此処に生きている。
世間としては消えて欲しい対象だろうと、彼が彼女をいつまでも愛していようと、私は彼を愛しているから。
愛してる。
私には向けられることがない言葉。
そう思う度にどろどろとした感情が渦巻く。
鎖に繋いだ彼を蹴りたい衝動に駆られる。
そんなことをしたら今の彼は本当に死んでしまうから、することはないけれども。
本末転倒だし。

家を売り払って作った金で彼を飼う。
それ以上でも以下でもない。
ただ、彼に生きていて欲しいだけ。
他の事を望むと哀しいだけだから。
――彼の瞳が私を映すことなんかない。彼女だけが、彼を捕らえられた。

ああ、もうすぐ日付が変わる。
明後日は彼女の誕生日だから、彼は起き始めるだろう。
たった48時間を紡ぐ、壊れた時計。
彼女に花を捧げるためだけに動く、壊してしまいたくなるひと。
どうせ彼にとっては、私は邪魔者でしかない。
今年もきっと私を追い出して準備に勤しむのだろう。

――かちり。
時計の針が重なる。
それと共に彼が目を覚ます。
「――ああ、まだいたのか。僕にその鍵を渡してさっさと消えるんだ」
鎖が擦れる音を立てつつ顔を歪めて呟かれる。ぞくぞくする。主に俺が(笑)
私は彼に鍵を放り投げ、勝手に自分の部屋とした所におとなしく引き下がった。

まあ片っ端からカメラを仕掛けてあるし、モニタールームは此処だから何ら問題はない。

ところで怖いんですけど。人間って怖いー。

いつもの、とは言っても精々五回目ぐらいの光景を目にする。
彼女の形見を身に着けて、いや手に持って稼動している彼。
ことあるごとに「それ」に向かって話しかける。
「また、この日がやってきたね――貴女は今、何を思っているのだろうね。何にせよ――」
愛しているよ。
耳を塞いでも目を塞いでも、すり抜けて入ってくる毒。
彼はとてもとても嬉しそうに笑っている。
――それが私に向けられたものなら、どんなに良かったことだろう。

あんな姿を見ていると、嫌でも思い出される。
彼の、彼女の、あの懐かしくも忌まわしい光景が。



彼女はひとごろしだった。
愛用のナイフで、ちいさなものたちを殺していった。
彼女を愛した彼は、合わせようとでも思ったのだか、彼自身もひとごろしになった。
四肢が切られ体に折り重なっているそれ。
花束にでも見えたのだろう、「花」と呼んで、彼女はとても幸せそうに笑った。
「私のこともこうやって――」ころしてください。
囁いて。
彼女が事故でこの世界から消えてしまったのは、その矢先のことだった。

時折「生き返って」、人をころす。
そんな彼を見てきた。
彼が手に掛ける人には共通点があるように見える。
きっと彼女を重ねているのだろう。
ころされていった人たちは、彼女によく似てとても綺麗な人たちだった。
同一化が進んでいるこの世界としては珍しくないことなのだけれど。
道を歩けばよく似た他人を数人は見かけるし。
でも、彼は固執している気がする。
此処まで似た「型」がころされていけば、寛大な上もそろそろ動き出すだろうに。

それでも、私は彼を守る。

もう一つ、彼は変わった。
切った一部を家に持って帰ってくるようになったのだ。
彼女に最もよく似た一部位。
そうなのだと、思う。
私はよく見たわけではないし、その後どうなっているかは分からないけど。
腐臭で一杯になっているわけではないので、きっと凍らせてでもあるのだろう。
この家の最奥にある「冷凍庫」では、何でも腐らせることなく保存できるというから。
どういう仕組みになっているのかは、私には分からない。
でも彼なら出来る、そんな気がした。



かちり。
いつの間にか、随分時間がすぎてしまったようだ。
もうすぐ彼が外出する時間。
次なる「花」を、探しに行く時間。

彼は玄関から出る前に、飾られた写真に向かって一礼する。
「行ってきます」
僕の、僕だけの愛しいひと。
やはり嬉しそうな彼を私は見ていられなくて、視線をそらした。

今日は後をつけてみようと思う。
思った矢先に彼に見つかった。
「・・・せめて僕の視界に入らない所にいてくれ」
片手に持ったひとごろしのための道具を揺らしながら彼は哂う。
珍しい。ついてくるな、と言われると覚悟していたのに。
それだけ、機嫌がいいのだろう。
・・・私がそんな影響力を持っていれば、どんなに良かったことか。



次に覚えている光景は血の海だった。
路地裏が真っ赤に染まり、頭部と右腕以外は影も形もなくなっていた。
ただ、ぐちゃぐちゃとした何かが。
既に道具は叩くためのものと化している。
これだけやるのにどれほどの時間を割いたのだろうか。
労力・・・は考える意味などない。
彼はひとごろしのためにしか労力をつぎ込まないのだから。
その何かを、彼は踏みにじる。
遠くを見て哂いながら。
冷酷なはずなのに、何故か子供が水溜りに飛び込んだときのようなものを感じさせた。
飛び込んで、「ほら、真っ赤になったよ」と。
無知である故に無邪気でいられる言葉が、聞こえた気がした。

彼はぐちゃぐちゃとしたもので円を描いた。
その中央に、右腕を立てた。
最初は上手く立たなかったようだ。
舌打ちをしながら彼女のナイフで立つように整えなおして。
掌の上にどこで買ったのかは分からないが一輪の百合の花。
彼女が一番好きだった花だ。
「だって、白はいとも簡単に、染まってくれるでしょう?」
・・・私としては白であることは白を保ってきたことと同意義だと思うので頷きかねる。

「貴女が消えてしまった日に、一輪の花を捧げましょう」
そう、厳かに。
きっとそのような表現は似つかわしくないのだろうけれど、私にはそう見えた。
彼は頭部を捧げ持って、話しかけている。
「見えるかな?オルタナティブであるお前から、貴女のもとまで届くかな?」
そのためにわざわざ似ている型を探し出したのだから。
楽しそうに哂う。
「この全ての痛みと、僕の花が――貴女に届きますように」
そして、彼が似ていると表現したそれを――投げた。
誰かの頭であったそれは、壁にぶつかってごろりと転がり落ちた。



「今は気分がいいから――」
お前のことも、ころしてやるよ。

血塗れになった彼は、真っ赤な道具を手に持って、そう囁いた。



彼の言葉の毒が、体に回る。
まるで凍ったように動けなくなった私は――










あとがき。
ごめんなさい人に影響されやすい性質で。
どうしても後から聞いた花と初恋が離れなくて。
・・・それでどうしてこうなるんだ俺(苦笑)
ちなみに僕のテーマは「氷漬け」と「グロテスク」。・・・何処が?(哂うしかない)

人間の怖さ、もう少しまともに出したかったんだけどなあ。

2007/11/17 01:15











2007/10/31