「目を開けてはいけない」
昔々、ある寂れた村に一つの家がありました。
質素ですがとても綺麗な家でした。
その村では、「魔女の住む家」と呼ばれ畏れられていましたが、
時に子供が流行り病にかかると、親が救いを求めた所でもありました。
とても平和な村だったので、禁忌が一つしかありませんでした。
それは、子供を捨てること。
誰だって神のお怒りには触れたくはありませんし、
村の人々はまずまず裕福であったので、誰もそんなことはしませんでした。
村長の妾に、ある子供が生まれるまでは。
とてもとても、美しい女児でした。
彼女が生まれた日には冷たい雨が降っていたので、ひさめ、と名付けられました。
村で生まれた子供は、三日の後に祝福されることになっていました。
村長は、おめでたい飾りのついた戸を叩き、入っていって言いました。
「ひさめに祝福の――」
否、言えませんでした。
そこまで捧げた時にひさめと目が合い、たちまち凍ってしまったのです。
このような名だったから、凍らせる力が備わったのか。
このようなちからを持っていたから、氷雨の降る日に生まれたのか。
はたまたすべて偶然であり必然であり、運命なのか。
今はまだ、そのような言の葉を紡ぐ時ではありません。
そして理由という名の真実など、誰の手も掴み取れないものなのです。
物語の何処に存在しようと。
村長が帰ってこないのを訝しんだある男は、村長の妾の家を訪れました。
「人が凍って――?」
一瞬、何が起きているのか分からなかったようです。
それがひさめのちからのせいであることも、分かるはずがなく。
村にとっては幸運だったのでしょう、そのときひさめはすやすやと眠っていました。
男が村人を呼び、家の中の惨状を説明しようとしました。
しかし言葉が出てこないのです。
理解していないので当然のことでしょうが。
皆が首を傾げたその時、ひさめが眼を開けました。
髪と同じ黒を纏っていると思った村人は、虚をつかれました。
村長にも妾にもない、深い蒼をたたえていたのです。
男は引き込まれるように、ひさめと目を合わせてしまいました。
そのときです。
男の体はたちまち凍ってしまったのです。
村人たちは考えました。
恐慌状態に陥ることは許されなかったのです。
まだ、ひさめは眼を開けているのですから。
やがて、目隠しをして捨てよう、という結論が出ました。
村の外に捨てると天罰が下ると畏れた村人たちは、魔女の家の前に置きました。
その日の夜。
返ってきた老婆は、その光景を一目見るなり、笑いました。
「やはり此処に来たか――ひさめ、待っていたよ」
魔女はほむら、と名乗っていました。
炎を冠した名なのは、中に炎を飼っているから。
その証のように、紅の目は輝いていました。
ほむらはひさめと同じような目にあったのだ、と言いました。
「見たもの全てに火がつき、私の村は燃えていった――
焔の中で途方に暮れていた私を助けてくれたのは、氷を宿した魔女。
――丁度、ひさめのような」
ほむらは昔を懐かしむような顔を見せました。
魔女の家では、この小さな世界の研究をしているといいます。
膨大な資料と、考察用ノートの山が所狭しと積みあがっています。
ちからを持つ者に伝わる知識、だと伝え聞きました。
一番上に積んである、とても古いノートにはこの世界の仕組みが書かれていました。
きっとこのノートが一番古いものなのでしょう。
これが全ての基盤となって、この家も資料も考察も出来ていったのでしょう。
八十年の光焔期、二十年の泉下期、八十年の凍梨期、そしてまた二十年の泉下期。
4つの期間が巡り巡って、ひとつの時代が過ぎていく。
八十年の安定期は、それぞれ炎と氷の魔女一人が受け持ち、
二十年の変遷期は、炎と氷の魔女の代が変わる時期。
大きな災厄は全てが、この変遷の中に起きるだろう――
そして今は、泉下期なのです。
大分衰えてきたほむらと、まだ幼いひさめの時代。
ほむらは外出する時は、いつも目隠しをしていました。
ひさめが理由を訊ねると、
「この目で見ていいのは、家だけなのだよ」と。
そう、哀しそうに顔を歪めました。
ひさめは嘆きました。
もう、この世界を自分の目で見ることは出来ないと知ってしまったから。
・・・いえ、言い直しましょう。
家の中と、氷の世界しか、蒼は捉えることが出来ないことを理解してしまったから。
ほむらは色々なことを教えてくれました。
この小さな世界の成り立ちから、魔女という存在の役割まで。
魔女は泉下で罪を犯すから、安定期に世界を救わなければならないそうです。
ひさめにはそのことが、どうしても受け入れられませんでした。
罪なんて、犯したくて犯したわけではないのに――
嫌だというように首を振ると、ほむらは溜め息をつきました。
「私が居る間に、そんなことを言わないでおくれ」
その言葉を聞いたひさめは、あるひとつの決心をして、それからは一生懸命学びました。
ほむらはとてもとても、嬉しそうな顔をしていました。
ひさめの二十歳の誕生日が来たと同時に、ほむらは森の中へと消えていきました。
その日だけは、目隠しをせずに。
ひさめは目を閉じ、ゆっくりと息を吐いて。
「さようなら、ほむら。――ありがとう」
そう、小さく呟きました。
暫くの後。
ひさめは、外出することにしました。
心底楽しそうに笑いながら。――目隠しを、しないで。
村を見渡せる高台に出るまで、ひさめは眼を開けないで歩きました。
二十年間生きてきたのです。この位は、普通に出来るのです。
村人たちの言葉と、自分たちの知識のおかげで。
きっと魔女というちからも、大きく関わっているのでしょう。
そして、高台で眼を開けました。
全てのものは、たちまちのうちに凍っていきました。
人も世界も、区別することなく。
ひさめに色を見せることなく。
小さな世界は幕を閉じました。
ひさめは、何処からか手に入れた鏡を見つめました。
とてもとても嬉しそうな笑顔で、ひさめも凍っていきました。
このあとの話を私は知りません。
これを教えてくれた燃えるような眼をした老婆は、どこかに消えてしまったのですから。
あとがき。
いつもより長めだ。予想どおり。分かってはいた。しかし打つのが面倒だった。
・・・そして〆切間に合ったっ。よしっ。
いくつか掛けてみたりとか。
いくつか欠けてみたりとか。
その歯車は、見つけ出したいのなら自分の眼で。
相変わらず対比が好きだなぁと。ルーベとサーフィと色が一緒だ。
2007/06/12 6限。
2007/06/17