僕らが生きていけるのは舞台の上だけだから。
残響
この舞台が、――歌姫のためにある舞台が、――はじまる前の、少しだけ静まる空間。
中性的な衣装を身に纏った僕は、ここの空気を胸いっぱいに吸い込んで。
「それでは――」
そう、呟く。
ほぼ同時に音楽が流れ、幕が上がっていくのを感じる。
歓声の中、僕は下手側から少し姿を覗かせ、お客様を眺めて。
「浮世の中の泡にようこそ。僕らはあなた方を歓迎しましょう――」
そうして、僕は深くお辞儀をする。
ひときわ大きな歓声が僕を包んだ。
この懐かしい空気に戻ってこれたことを、僕はとても誇らしく思う。
感謝の気持ちをこめてもう一度お辞儀して、舞台の袖へと姿を消した。
すぐそこに置いてあった椅子に座って、舞台を眺める。
通り道は空けてあるとは言え、明らかに邪魔なのだけれど、注意する人は誰もいない。
それは多分、僕が歌えなくなった小鳥だから。
ある日を境に、「私」は歌えなくなったのだ。
歌おうと声を出すことをいくら頑張っても、音が出てこなくて。
皮肉なことに、それ以外では声が出るのだ。
医者に行っても首を傾げられるばかり。
その日から私にとって舞台は、苦痛に変わった――そして、一度舞台を降りてみようと思った。
だが、出来なかった。
幼い頃から舞台という幻想で育ってきた私には、現実の世界は耐え難く写った。
もともと現実に生きていれば、きっと違ったのであろう。
私は歌姫として稼いだお金でその間を生きて、何本も舞台を見に行った。
幻想という故郷は、とてもとても美しく。
そして私をまたしてもからめとって――
この時、過去を嘆く「私」ではなく、未来を見据える「僕」へなろうと誓った。
歌うことは出来ないと諦めたけれども、まだ道はある。
裏方にまわるという選択も出来るのだけれど、いきなり慣れられるとは思わないから、
僕は歌を紡がない歌姫になろうと思った。
言うなれば語り手、であろうか。
幕間でお客様を楽しませたり、歌の中で語りを紡いで見たり。
歌わなければ僕は立っていられるし、何よりも歌姫たちの役に立てるだろうから。
それから、僕は様々な舞台を彷徨った。
始めは当然のように――と言われた――受け入れられなかった。
それでも僕は舞台に立つ努力をやめなかった。やめられなかった。
時折上手く出来るようになって、途中からは知名度も少し上がった、と思う。
お客様の楽しそうな笑顔を見られるだけで、僕は満足だったけれど。
一つの枠にとどまっていた時とは違って、様々な歌姫と出会えて。
僕にも助言ぐらいは出来たから、歌姫たちも喜んでくれただろう。
色々な所をまわって最後に辿り着いたのは、僕の故郷だった。
彼らは僕のことをあたたかく迎えてくれた。
「おかえりなさい、私たちのSOUBI。・・・ああ、今はSENKA、ですか」
「SOUBI、で構わないよ。・・・皆、ただいま」
僕はとても久しぶりに、舞台の外で笑った気がした。
今僕は、この懐かしい舞台に立っている。
役割は「私」とは違うけれど、「私」と同じ舞台に。
歌姫たちが紡ぐ幻想が終わり、僕は席を立った。
そして、また舞台に顔を見せる。
・・・少しだけ、我侭を言おうか。
予定にはない言葉を、紡ぎだそう。
「SOUBIとしての私を知っている方もいらっしゃるでしょう。
SENKAとしての僕を追ってきた方もいらっしゃるでしょう。
知らなかった方も、今日の舞台で僕を知っていただければ幸いです――」
「此処に戻ってくるまでに、色々なことがありました。
それでも僕は今、此処にいます。
こんな僕を受け入れてくれた方々と、此処にいる皆様。
そして、此処にいない皆様にも、僕は感謝を贈ります――」
一人ひとりと目線を合わせるように、皆を見回して。
「本当に、ありがとう――」
僕に贈られる、たくさんの拍手と歓声。
・・・本当に、懐かしい。
幸せに浸りつつ、僕は舞台を退いた。
僕の中で、たくさんの残響がこだまする。
たとえば前回の公演。
たとえば僕が一番初めに立った舞台の音。
それらに励まされて、僕は今を生きるんだ。
あとがき。
こんなテーマなのはサンホラライブDVDを見たから。
・・・でも、舞台の上が「懐かしい」のは実体験。僕は此処に居た、って。
もう戻る機会がないのは寂しいことだね。・・・と思ったものですが。
ちなみに始まりは一つの落書き。
「歌わない歌姫がいたっていいじゃない←すでに語り手だろ?」
・・・とまあ保健のテスト中に(苦笑)
2007/06/02 4限。
2007/06/10