殉葬の花
テーマ:花、夕方
あの日から一ヶ月ほどたった日、私はあの場所で美しい花を見つけた。
夕方の薄暗がりの中で、その花々は風に震えて甘い香りをただよわせていた。
兄は事故で死んだ。
正確に言うと、義兄だ。・・・けれどそんなことはどうでもいい。
私は兄を慕っていたし、兄も私を大事にしてくれたのだから。
二人きりで小さな暮らしを営んでいた私は・・・その日から、まともに外を歩くことすらできなくなっている。
親もいない、兄もいない。突然の喪失はあまりにも・・・負担が大きかった。
そんな私が唯一行ける場所が、あの場所だった。
『僕が死んだら・・・ここに埋めて』
あの日・・・兄が死んだ日から三ヶ月ほど前、私たちは近くの山の裾に広がる森に出かけた。
そこを散歩しているうち、私たちは素晴らしい景色に出会ったのだ。
山に入りかけたゆるやかな坂の半ば、木々の少ない開けた所。
そこで振り返った向こうには金橙に揺らめく海と、燃えるように鮮やかな紅の空が広がっていて、
日が沈んでなお美しい景色を二人で見つめていると、兄は唐突にぽつりと言った。
『僕が死んだら・・・ここに埋めて』
数瞬絶句した。あまりに唐突すぎる。何故そんなことを言うのか、すぐには分からなかった。
それから、その言葉がこの景色への一つの賛辞なのだと思いあたる。
・・・確かにそれだけの価値を、その場所から見える景色は持っていた。
けれどそれは、何だかとても哀しくて淋しくて辛いことのように聞こえた。
死の話なんて、好きじゃない。むしろ、嫌だ。
『そんな話、しないでよ』
小さな声で言うと、兄は少し間を置いてから私を慰めるように呟いた。
『・・・そうだね。ずっと、一緒がいいね・・・』
・・・今思えば、虫の知らせのようなものだったのかもしれない。
それから三ヵ月後、兄は死んだ。
出かけたきり帰ってこなかった兄は、あの景色を見たのと同じ夕方に、事故で即死したのだった。
ずっと一緒だと言ったのに。
私は打ちひしがれたままに、兄の骨をあの場所に埋めた。
いなくなった兄と心と交わせたような気がして、それだけが小さな救いだった。
そして今、目の前で美しい花が咲いている。
太い蔓が自ら絡み合って立ち上がり、いたる所に淡い色の花をつけている。
兄を埋めた場所だった。間違いなく、寸分違わず。
「・・・兄、さん」
風に揺れる花。酷く甘い、香り。
まるであの景色をながめているようだ。
私はその傍らに立った。
夕方の薄闇に包まれた美しい景色を、見つめた。
不意に何かが首筋に触れたような気がした。
甘い、香り・・・
気づくと蔓が私の体に包むように巻きついていた。
どうして、こんな。
首に絡んだ蔓がゆっくりと絞まっていく。
驚いて引きはがそうとした。けれど太い蔓はびくともしない。
美しい花が揺れている。
体中を抱くように、蔓が巻きつき、縛りつける。
息が出来なくなった。
ただ甘い香りが喉まで這い上がって沁みる。
苦しい・・・
『・・・そうだね、ずっと、』
兄の声が頭をよぎる。
慰めるような呟き。
『一緒がいいね・・・』
それが私の脳細胞の断末魔だった。
「置いていったり、しないよ。」
2007/10/31