アナケノルイと破滅について
「an ache no ruin」
そもそも、ここで言う『神』とはなんなのだろうか。
答えは…『生命』、或いは『死者』だったのだろう。
数十年前より…厳密に言うならば数百年前より…ヒトという生物は他の数多の生命を殺してきた。
始めはただの開発の結果としての環境破壊。
しかしそれは段々と駆逐に形を変えていったのだ。
それが何故なのかは誰一人として理解していなかったが、ヒトという生物があらゆる生命を排除していったのは確かだった。
ほとんどのヒト以外の生命が死んで、死に絶えて…その頃に崩壊は始まった。
崩壊。“彼ら”と呼び習わされるその存在たちが、ヒトの住まう街を端から壊滅させてゆく現象。
それは実質ヒトを殺しつくすことに於いて最も効率の良い方法だった。今度はヒトが駆逐、排除される番だったのだ。
もはや街に完全に依存していたヒトは、魚が陸上の水槽に入っていたようなもの。
水槽が壊されれば魚には逃げ込む水がないのと同様、街が崩壊すればヒトがまともに生き残れる世界など残されておらず…
思うに、ヒトは後悔したのだ。利己的な思考か世界愛に目覚めたかは定かではないが…
自分達が生命を排除しなければ、自分達も排除されることはなかった、と…
そしてヒトを含めあらゆる生命が、死したものたちが、生きたい、生かしたいと願った。
その結果生みだされたものが、『神』というもの…その時生きるものの生への流れ、
すなわち欲望を満たすことで救おうとするもの…だったのだと思う。
初めて『神』を見た時は驚いた。それが今のくすんでしまった空と同じ色に輝いていたからだ。
しかし『神』の持ち主はその色がもとよりのものではないと言い、それからその元の色を見せてくれた。
実に美しい数多の色。澄んだ青、燦然たる橙、落ち着いた紺、それから爽やかな翠、静かな黒、輝く紫、深い灰。
昔の空はこんなにもたくさんの色を持っていたのだろうかと、持ち主の彼は私に問うた。
思い付きで、海の色ではないかと伝えてみると、彼は納得したように見えた。
ところで、生命は海からやってきたということは知っているだろうか。
…恐らくかなりの人が知っているのではないだろうか。知らなくとも、想像はつくと思う。
では、海は何処からやってきたのだろう。
一説では原始の地球に飛来した隕石に含まれていた水分に由来すると言われる。
確かなことではないが、もしそれが真実だとしたら海というものはこの地球にとってはほとんど異物に近いのかもしれない。
その海が…この地球に拒まれたのだとしたら?そして地球が海を…生命を滅してしまおうとしたのなら?
地球の環境と海の水が共にあってはじめて生命は生まれた。
ならば地球の計画によって生物の一部が芝居される可能性もあるのではないだろうか?
…この地球に、意思があるとすればの話だが。
(ぴしり。)
『神』の持ち主は知らない言語を使っていた。何処かの国語なのか、全く新しい言葉なのかすらわからなかった。
しかしそれでも彼の言うことはわかったのだ。
彼の力か、『神』の力か定かではなかったが言葉の意味が大方伝わってくる。あたかも同時通訳されているよう。
驚いて何者なのかと問うと、彼は少し悩んでからこう伝えてきた。
私はかつて“彼ら”の長であった者だ、と。
“彼ら”の長であった者が言うには、彼はとある存在と意思の疎通ができる…できた、という。
テウラ…そのように聞こえたが…その存在は“彼ら”に、あらゆる生命を滅するように命じたという。
その存在の姿も形も分からないようだったが、彼はその存在の正体を知っていると言った。
その存在に怒りを覚えているとも。
彼曰く、“彼ら”は何かが根本的に他の生物とは違う。
その特殊な力で崩壊をもたらし、やがて自らも消えていく。
あたかもはじめから生命を滅するために造られたかのように。
彼はその力で『神』を芝居してその意思を封じているのだと伝えてきた。
テウラという存在も、『神』も、どちらも許さないとも。
何故、と問うと彼はその時はじめて笑みを見せて、こう言った。
嫌いだから、と。
生きたものも嫌い。それだけを滅ぼそうとするあの方も嫌い。平然と振りだしに戻そうとするこれも嫌い。
そう言って、彼は笑っていた。奇妙に安らかな、同時に明るい笑顔で。
彼から聞いたことだが、もうこの星には生きたものはほとんど残っていないようだ。
この環境ではそれも仕方のないことなのだろう。微生物すらほとんど死に絶えているほどだ。
雨も降らなくなった。風も吹かなくなった。日射しは歪んだ色で照り付け、土はみな砂になり。
灰色に死んでいくような世界。自分以外の生き物…死骸でさえ食料と見るのが先決だというおぞましい世界。
その世界の中で彼だけが…とてもこの世界にぴたりと似合っていた。
それでいて、纏うのは目を反らすことを許さない鮮烈さ。
これからどうするつもりかと聞いてみると、彼は落ち着いた様子で、
終わらせる
と伝えてきた。
それは滅ぼすということかと聞く…その通りだった。
(ぱきり、ぴしり。)
(『自分だけ幸せになれる、なんて思うやつはみんな嫌い…煩いんだよ』)
つまり、この世界は…もうすぐ滅びるらしい。
お前は誰、聞いてみる。世界を終わらせる者の名を知りたかった。
彼は少し悩んでから、灰色の砂の上に何かを書いた。
知らない文字。けれど…知っている文字にどことなく似ている。
あなけのるい。無理に読んだ通りに発音してみると、彼は不思議な言葉で、それでもいい、と言った。
アナケノルイ。彼は幸せな笑顔を浮かべて、世界を滅ぼしに行く、と言ってから、
続けて思いもよらない言葉を伝えたのだった。
ありがとう、これから、任せる、と。
『半分だけだけど…』
『…どうして』
『気まぐれ、だ。大した意味はない』
『世界を…滅ぼすんじゃ』
『充分だよ』
『…どうして私を殺さない?』
『………』
『どうして…』
『…お前は、新しい生命の在り方を考えて』
『………』
『もう一度同じことをしたっていいと思う。違うことをしてもいいと思う』
『…どうして殺さない?世界が滅びれば私も死ぬから?』
『……』
『生きたものは、嫌いなんだろう』
『…気付いて、いないんだね』
『え?』
『お前は新しい生き方を考えて』
『…………!』
『半分だけだけど…ある意味、お前のものだったんだから。…返すよ』
『……』
『…お前は、死なないから。もう、死なないから』
『…アナケノルイ』
『…生きて。』
2007/06/24