静寂
『つぎはあの街か』
犬の姿をしたものが僕にそう問うた。
僕らの見る先…命を吸いつくされ枯れた大地にそそり立つ、城のごとき建造物の群れ。
僕が黙ってうなずくと、烏の姿をしたものが嬉しげに鳴いた。
『あと零落させるべき街はいくつあるのだろうね』
『九つだよ』
僕はそう伝えて笑った。
『あと九つだって、言っている』
僕の手のひらの上で、蒲公英の種の姿をしたものが震えた。
『あの方が、あなたに伝えるのですね』
僕はただ笑って、街を見つめた。
(行け。滅せよ)
『行こう。あの街を終わらせに』
僕らは歩きだした。…いずれ、死ぬために。
生まれた時から生物のたてるあらゆる音が嫌いだった。
人間の話し声。獣の歩く音。木々のさざめき。
みんな嫌いだった。
大きく膨れあがった街はとても騒がしくて、生まれ育ったというのに僕はいつまでも慣れなくて。
僕らはみんな似たようなものだった。生きたものが嫌いだったのだ。
僕が好きだったのは静寂。
そしてあの声…僕を導き続ける声だけ。
(滅せよ。我が手に滅すること能わぬヒト共を)
僕にしか聞こえない声。僕らの父上…或いは母上。
僕らを…生きとし生けるものを忌み嫌う。僕らにそれを滅し自らも滅びろという使命を下した。
昔から怪我が絶えなかった。
何故って、僕の周りでは色んなことが起こるから。
窓硝子は弾け割れ、樹木は爆ぜ倒れ、混凝土だって亀裂に覆われる。
大きくなってくるにつれ頻度は増してきた。
けれど怪我は減ってきた。これだけ続けば、慣れる。
運が悪いのだとばかり思っていたけれど…
どうやらあの方に授けられた力だったらしい。
最近では通った場所が数分後にほぼ完全に崩れてしまう程…
それも僕らみんな同じだ。
全ての生きたものを終わらせるためにあの方が授けた力…
いつか僕らもあの方に終わらされる。それは、わかっている。
ある意味それは重たい安堵だった。
他所から来た珍しい人間として、街の住人達は僕を簡単に受け入れた。
僕は見学するように、街を隅から隅まで歩き通す。
生きた音が僕を飲み込む。
…うるさい。
(汚らわしい)
あの方は僕といるようだ。僕の感覚を通してあの方自身を認識しているから。
(騒音は嫌いか)
「…嫌いだよ。僕の中に入ってくる音、みんな嫌い…」
…僕の中に入ってくるもの、みんな嫌い……
僕はあの方の痛み。いつか滅びる。いつか、きっと。
街は悲鳴に包まれていた。
街の端から破裂するように高層建築が崩壊していく。
人間達は街に依存している。街が終わればそこに住む人間も終わる。
あの方が人間達をここまで放っておいたのは、他の生物を出来る限り殺させるため…
僕は一人で笑っていた。瓦礫の避け方も、廃墟の脱出法ももうすっかり覚えている。
みんなも街のどこかで、笑っているに違いない。
街が崩れた後に手に入る静寂を、僕は笑って待っていた。
…お前は生き残れる。だから、生きて。
何かが僕の絶望に…安らぎに食い込んできた。
僕を抱き締めていた死の匂いを引き剥がす“音”。
温もり。熱い。触れたことがない。愛?分からない。熱い。焼けるようだ。
うるさい。僕に入ってくるな。
…なんでこんなに熱い?僕が、僕が、冷えているから?
(命を憎め)
うるさい。入ってくるな。いつもの絶望は何処だ?あの中に、逃げれば…
生きて。私達の願いだから。お前は、
僕は叫んだ。叫んで、叫んで、叫んだ。
燃えてしまいそうだ。これは何だ?僕を、焦がす…
…生きたい
騒音。やがて、静寂。
感じたことのない…いつもと違う静けさ…
今までの全てが遠ざかる。
忘却の、中へ。
…僕はそうしてあの日、優しい静寂の方へ…命の音の方へ走りだしたんだ。
僕らから…奴らから逃げるために。
2007/06/10