歪んだ光輝

「奴ら」とは誰なのか?煌めきの正体は?世界の空は、そして僕の空は何色か?
高嶺幽 監修(?)木烏一 作…『歪んだ光輝』…
(↑待て。監修ってなんだ監修って(笑)


きりきり、ぴしり。音を立てて変容していく。




そのイメージが頭の中をぐるぐると回っている。
何かとても美しいものが、煌めいている印象。
もはや生き残れる可能性もほとんどなくなった今、それだけが僕を活動させていた。
可能性がほぼないからこそ、そんな曖昧なものに突き動かされる。




ぱきり。変容の過程で砕ける。何事もなかったかの様に一塊に戻る。




瓦礫に埋まる空間。
空は汚れたまま広い。茶色がかった雲がくすんだ緑の空を行く。
歩く足の下で、錆び付いた鉄筋がぎりりと軋む。

しばらく僕の他に生きたものを見ない。そのせいで僕は飢えはてている訳だけれど。
ここまで荒れた場所に流れ着いてしまったのは、本当に運が悪かった。
それにしても荒廃しすぎてはいないだろうか。僕の逃げ出した街と同じくらいに崩壊が甚だしい。
今まで通ってきた街も…今はもうこうなっているだろうが…僕が通った時にはまだ命が街の所々に灯っていた。

…もしかすると、奴らに先回りされたのか。
結局逃げ切れずに、ここで終わるのだろうか。
…もうどうでもいい事だ。あの街を飛び出したときのような淡い希望すら残っていない。
どこまでも広がる大都市の廃墟を見ていれば、もはや飢えて倒れるのも時間の問題だとわかる。




ぱしん、きりきり。招く様に。




走馬灯の様に過去の記憶が廻る代わりのように、頭の中でその何かは形を変え続けている。
頭の中?本当に?

急に足元がふらついて、瓦礫に足をとられて転ぶ。
もういい加減疲れてきた。このまま倒れていれば、気付かないうちに死ねるだろうか。

それでも立った。歩き出す。
どうせ死ぬ。もう少し歩こう。もう少しだけ。

そういえば、生きたものを見ないけれど死んだものも見ない。
白骨や、枯れ草なんかの遺骸すら、この街には転がっていない。
まるで荒廃する前から、生きたものがいなくなっていたかのようだ。
やがて僕がこの街第一号の死んだものになる。
…それとも何か、死んだものを喰うものでも隠れているのだろうか。




ぴちぴち、ぱりん。奇怪な綺麗な造形。




混凝土の欠片を蹴り飛ばす。

煌めくそれが頭の中ではなく、この世界のどこかにある気がして、僕は絶望の安堵に沈めない。
日が傾いてきている。緑にくすんだ空は淀んだ黄色を帯びてくる。
…夜までは持たない。どう考えても。
ということは、あの鈍い赤紫の空は昨夜で見納めだったのだ。もっとよく見ておけばよかった。

ああ、どこにあるんだろう。今も軋みながら形を変えているあれは。

大砲のように傾いた角度で空に伸びる、崩れて短くなった建造物を回り込む。
生の気配も死の気配もない。
奴らの気配というか、そういうものがあるとするならば、それだけが空気を染めている。
追いつかれた。そう言う事なのかもしれない。
はあ、とため息をついて、立ち止まる…

…ぱらぱら、と頭上から石粉が降ってきた。
奴らが。
色々な街で感じてきた予感に頭はすぐに反応した。
この建造物は、崩壊する。
しかし身体はもはや素早く動ける状態ではなかった。

僕は見上げる。
灰色の塔に亀裂が入り、吹き出すように欠片を弾き出しながら折れていく。
僕に覆いかぶさるように。

追いつかれたのか。こうして、死ぬのか。































…まだ、生きている。起きて。




何かを感じて、目を開けた。

生きている。

瓦礫が見えた。少なくとも天国では無さそうだ。

うつ伏せた身を起こそうとする。と、激痛が腹部と左足を走って、僕は再び地に伏した。
…逃げ切れた訳では無さそうだ。
首をひねり、痛む部分の方を見ながら、もう一度恐る恐る身を起こした。
激痛と妙な違和感のある腹部の辺りで、服が破れて真っ赤になっていた。
混凝土付きの曲がった鉄筋が一本、左腹に…刺さっているとわかった瞬間一気に痛みが増した。

死ねてもいないのか、どうしてこうなる?

左足の方は大きな混凝土塊にほとんど完全に潰されていた。
動かしてみるとそこまで痛い訳でもない。奇妙に思って動かしていると変に負荷が軽くなった。
…潰された部分から先が、あっさりと引きちぎれた。

曲がりなりにも自由になった…

両手と右足を使って何とか立ち上がる。
腹部はひどく痛いけれど、鉄筋はそう重くない。
このままは嫌だったから、時間をかけてわずかに残った塔の壁に寄りかかって、引き抜いた。
赤茶色になった鉄筋は杖にほどよい長さだった。僕は痛みに耐えながらも、また歩き出す。
しばらく行って振り向いて、あの建造物がかなり大きく壊れたのがわかった。

奴らが、来たのか…
それから思う。どうして本当に死ぬ直前だというのにまだ歩こうとしているんだ?




こっちへ。もはやお前しかいないから。




何かが聴こえたような、何かが見えたような、半端な感覚があった。
死ぬまで歩こう。まだ歩きたい。
僕がいる限りは…ここも完全には奴らの場所にならない。




たとえ私を傷つけても、奴らをここに招こうとも、
私はお前たちを失いたくないから…




……奴ら…って、誰だった?

誰……固有の…存在なのか?

…何か…もっと……抽象的な?

……奴ら……

奴ら……


…何故逃げているんだ、僕は?




もう、ここに生きているのは、お前だけ…




はっとして立ち止まった。

目の前に、何かが、あった。浮かんでいる。
ぴしり、ぴし。きりきり、ぱきり。
それは音を立てて目の前で形を変えていく。

綺麗だった。
青に、橙に、紺に。こんな色を、昔の空はしていたのだろうか。




だからこっちへ。生きて。お前の願う通りに。




呼ばれたような気がして、僕はよろめきながらも近付いた。

古の空の色の光を放ち、それは音を立てながら形を変える。
様々な美しい造形。光り輝くそれは、まるでこちらの気に入る形を探るように千変万化を繰り返す。
冠のように…剣のように…平板となり…輪をつくり…

見上げた空は、汚れた黄色をしていた。もうくすんだ緑は残っていない。
あの緑の空も見納めだった。あの色が、生まれた時から好きだったのに。




生きて。




それが一際強く、青に橙に光を放つ。
急に、それが欲しくなった。
もう一歩近付く。そして、手を伸ばす。

罪悪感と、欲望と、恐怖…

それがぴきりぴきりと鳴りながら、結晶を僕へと伸ばしてきた。




…お前、は…?!




光が揺れた。増した。ぐるぐると色を変え…弾けた。






































くすんだ緑と、赤紫に。
歪んだ色に美しく光り輝くいびつなものを片腕に絡ませて、彼は大きな廃墟を見下ろしている。
破れた服は赤黒く 乾いて 風に閃く。
彼は微かに笑みを浮かべて、 両の 足で、突き立つ建造物の残骸を蹴って、翔んだ。
がらがらと、廃墟はさらに平かになる。




赤紫の夜が来た。










2007/06/03