What do you see?
「きみはなにをみてるの?」
風だけが渡る夜の砂漠で、月の無い空を独り往く。
星明かりすら注がない夜は夢すら見えない黒い闇。
何も無いのに何を見る?
炎の様な熱に焦がされながら、砂漠の上には灰色の雲。
乾いた砂と重い空の昼は陽炎に踊る白い闇。
何処まで行ったって其処には何も無いんだ。
果てのない飢餓の表れには果てがない。
美しい世界が蜃気楼に揺らいでも、手を伸ばす前に消えていく。
此方と其方を行き来するなんて本来無理だと信じてたのに。
遠い誰かと僕を渡り往く風が、何時しか運んで来たのだろう。
何もない空間では遥か遠くからでも僕に語りかけてきた物…
見るものすら無かった其処で、見付けてしまった一輪の花。
白と黒ではない色、形、香り。
独りの僕が初めて知る砂漠の外の事…
この花が僕を狂わせた。
少しでも乱暴に扱えば、すぐ失われてしまいそうな。
けれど僕には経験が、優しく触れる力がない。
僕には求める権利は無い。
触れようとしてもそれは不可能。
余りに鮮やかな誰かの残滓…
穢れた僕が君に触れるのを、鋭利な棘や壁が阻んだ。
この欠片ですら僕には遠すぎて、直視するには眩すぎて。
蜃気楼である筈の君の世界を探す気にもなれない。
かなしいと思えば想うほどこの砂漠は広がっていく。
飢えた砂漠を抱いた孤独。
欲望に負けて花弁に触れた…
元々飢えた獣に過ぎない僕には奪う事しか出来なくて。
『鏡』は相手を写すもの。
自らを捨ててでも、相手に与える。
望むばかりで与えられない一方通行の『魔法の鏡』は、覗き込んでも堕ちるだけ
。
優しい献身も、僕に写れば底なしの虚無に変わる。
僕の砂漠は全てを喰らおうとする。
それなのに、君は堕ちる事も恐れずに咲く…
僕の触れた花弁が落ちた。
それでも花は躊躇わない鮮やかさのまま。
…君は僕に雨を降らせてしまった。
何処にも行き着けないはずの砂漠に、花の種の故郷から雨が降る。
飢えに狂った心に、優しさが正気を取り戻す。
何も与える事が出来ないのに…君は僕に与えてくれる。
もう一度花に触れようとして、鋭利な棘に指を切る。
棘?…それは、割れた硝子。
君の周りの棘や壁は、君に写った僕だと知った。
花を散らしてしまう自らの性に、ようやく気付いた。
君は身を呈して、僕の穢れを見せてくれた。
その優しさに、甘えてもいいだろうか?
花が、散る。
夢の様な香りを、惜しみなく撒き散らして。
僕には求める権利は無いと、決めつけたのは一体誰?
僕に吹く風に抱かれて、花弁が蜃気楼の彼方へ運ばれていく。
その向こうから光…雲が、裂けている。
求めても、いいだろうか?
花を追って、歩き出す。
足元はもう乾いていない。
果てが無いと思っていた砂漠の、出口にやっと気が付いた。
ただ君のもたらす雨に洗われただけで、ここが蜃気楼に見た世界になった。
ただ君のもたらす花に焦がれただけで、蜃気楼が現に変わった。
見つめる先に、呼び掛ける。
やっと慣れ始めた眩さの先に。
初めて見る砂漠の外に、君に。
僕に、与えてくれて、ありがとうと。
「はてにみるきみのなを。」
2006/12/24