Darkness Ocean





海辺の村に、一人の少年がいた。
少年はすぐ側に広がる海が大好きで、よく小舟を操り海へ漕ぎ出しては、
夕方まで帰ってこないこともしばしばだった。

大人たちは少年に、必ず一つ注意をする。
毎日少年が出かける前になされる、たった一つの決まり。
「いいか、あの黒っぽい所には近づいてはいけないよ」
あそこは暗黒海域と言って、とても危険なところだから、と。
「分かってる」
少年はいつも、そう答えた。



少年の親がなくなった日のこと。
やはり少年は、海に出ていた。
海にその哀しみを癒して欲しかったのだ。
少年は今は、誰とも会いたくなかった。
一緒に遊ぶ友達などいないし、
大人は皆、少年を気遣って何かと声をかけてくるから。
「気遣われたくは、ないのに・・・」
だから、少年は何も言わない海が好きなのだ。

日が沈んでも、少年は陸に帰らなかった。
これは少年にとって、初めての経験である。
少年が陸を眺めると、大人たちが舟を用意しているのが見えた。
きっと、帰ってこない少年を心配したのだろう。

少年は大人たちに見つかりたくなかった。
「・・・暗黒海域に、行こう。あそこなら、誰も来ない」
自分に言い聞かせるように呟く。
そして、暗黒海域に向けて、舟を漕ぎ出した。

遠くに、少年を呼ぶ声が聞こえる。
それを無視して、少年は漕ぎ続けていく。
気づいた時には、海は黒い色をたたえていた。
暗黒海域にたどり着いたのだ。

そこは、とても波の荒いところだった。
少年が今まで経験したものよりも、はるかに。
風も、とても強く吹き荒れていた。
少年は必死に舵を取ろうと試みる。
しかし海は容赦なく、風を纏って荒れ狂っていく。
少年は、深く、黒い海へと飲み込まれていった。



目を開けた少年に待っていたのは、数々の叱責。
・・・そして、それと同じぐらいの安堵の声。

「それでお前は、まだ舟を漕ぎたいか?」
あれほどの目にあった後でだ、と男は問う。
その声に周囲は口を閉ざす。
答えを求められているのを察し、少年は口を開いた。
「・・・あの時初めて、海が怖いことを知った。
 僕は海があんなに深いなんて、知らなかった」
少年は少し俯き加減に言った。
「でも僕は・・・まだ、舟を漕ぎたい。
 僕は海のことをもっと知りたいんだ。・・・大好きだから」



翌日、少年はまた海に行った。
もう注意をする大人はいない。
少年が、海の怖さを知ったから。
少年が、また訪れることはないと、分かっていたから。
少年も、大人も、以前よりずっと幸せそうだった。

誰も彼も、海が好きだという気持ちは、同じものだから。





優しく 包み込んでくれる海

ゆらゆらと揺れる ゆりかごのように

何もいわないけれど 優しさにあふれている



時には とても 怖いけれど

アンコクカイイキだって 知ったけれど

それは 優しさの否定ではないから

もっと ずっと 側にいたいんだ










あとがき。
サイト名候補の一つ、「Darkness Ocean」より。
ネタが出てきたのは最後なのに、書きあがったのは一番早い。
ネタ出てすぐに書いたようなもの。
・・・珍しく、横道にそれなかった作品。
ただ、締め方と詩は悩んだ。
・・・ここまでレールに乗ると、逆に怖いですよ。










2006/02/08