哂う、哂う。
此処は廃墟の中。人影はない。
夕暮れの光が、辺りを照らしている。
生きているものの気配は微塵もない、其処。
廃墟の奥のさらに奥。
この部屋だけにはまだ、人の気配があった。
その部屋の中心。少女は其処に立っていた。
少女は黒ずくめの格好をしていた。
裾が美しく広がっているドレス、銀の装飾をあしらえたブーツ。
左手に傘を持ち、頭には小さな帽子が乗っている。
首には十字架の形をした、銀製のネックレス。
腰まである長い黒髪と、何を映しているかわからない黒い瞳によく似合っていた。
透けるように白い肌が、それらをさらに際立たせている。
唯一の例外は、純白のカーディガン。
今はもう、それは真っ赤に染まっていた。
もういない人々の、返り血を浴びて。
少女の周りには、六つのものが転がっていた。
角度に一度の狂いもなく、それらは放射状に伸びている。
たとえるのなら、六花のように。
その死を思わせない、完璧な調和。
流れ出た血の量だけがそれらの死を物語っている。
六花の中心部。其処は周りよりも少し低い所なのだろう。
その場所にたまった血溜まりの中。
少女は、其処に立っていた。
少女はそれらを見つめながら、くつくつと哂っていた。
心底楽しそうに哂い続ける。
厚く高い壁を感じながら、くつくつと哂い続ける。
箍が外れたように。
過去も未来も関係ない、ただこのひと時があればいい。
そんなコトバが思考を支配する。
何も考えずに、この快楽を享受すればいい。
コトバだけが脳裏に浮かんでは消えていく。
彼女は、一言も何かを発することはない。
ただ、考える。ただ、哂う。それだけの繰り返し。
ずっと、ずっと。
いつのまにか哂い声は途絶えていた。
しかし少女は、まだ哂い続けている。
口元を歪ませて、何かを楽しそうに見つめて。
眼を細めて、まるで愛しい子でも見ているかのように。
哂って、哂って、哂って。
哂い疲れた少女は、哂うことをやめた。
その時に表れた、哀しそうな表情。
しかしそれは一瞬の出来事。
また、少しだけ哂った少女。
その瞳から、一筋の涙が流れた。
「ごめんなさい」
そのコトバとともに。
辺り一面が、焔に包まれた。
自らが焔に包まれる前に、安全なビルの上に立っていた少女。
少女はただ、その焔の方へ瞳を向けていた。
夜の闇の中、焔は勢いを増して燃え広がる。
それはとても神聖なもののように思えた。
腐敗した街を消し去っていく、神聖な焔。
表立ったものも、隠されたものも、すべて焔に飲み込まれていく。
少女はそれを見ながら、また哂う。
そして紅く染まったナイフを、焔に向かって投げ捨てた。
血に染まったカーディガンも、焔へ投げ捨てて。
焔の向こうに消えたのを見てから、少女は哂った。
少しだけ、哀しそうに。
しかしそれは、表情にも声にも出ることはなく消えていく。
「願わくば、安らかなる死を」
眼を閉じて、祈るように呟く。
・・・この殺人鬼に、祈る資格などない。
胸に手を当てて、静かに哂う。
・・・この殺人鬼に、生きる資格などない。
そんな自嘲の哂いが、街に響いていく。
・・・殺したって、殺したって、まだ足りない。
コトバをのせながら、哂う、哂う。
・・・もっと、もっと、快楽が欲しい。
自らを隠すように、哂って、哂って。
・・・哂われたって、嘲られたって、構うものか。
壊れていくと自覚しながら、哂い続ける。
哂うことをやめられない。
考えることも、やめられない。
思考しながら、それでもひたすらに哂い続ける。
狂ったかのように、しかし正常な思考を保ったまま。
正常、と言えば常人は目を背けるのだろうか。
しかし、少女の中ではいたって正常だった。
焔の光で顔を染めていた。
やはり、その顔は愉悦に歪んでいた。
楽しそうに楽しそうに、哂っていた。
夜の闇が戻っても、まだ少女は哂っていた。
哂って、哂って、哂って。
ただひたすらに、哂い続ける。
ずっと、ずっと。
いつまでも いつまでも
歪んだ思考に身を染めて
ただひたすら哂い続ける
哀しいと思えなくなった
それでも一筋だけ流す涙
一言だけつぶやくコトバ
命のやり取りに身を沈め
くつくつと 哂いながら
来るか分からない明日を
生きて 生きて 生きて
哂って 哂って 哂って
ねえ もっと快楽を頂戴
艶やかに哂って 呟いた
あとがき
「くつくつと哂っていた」のフレーズを元に捏ね繰り回した結果。
当初より大袈裟になったのが心残り。
それがないと文字数確保できないのですが。
・・・精進します。はい。
2006/01/15