蓋
海を歩いているようだった。
その草原は、どこまでも気持ち悪いほどの青色の草で覆われていたから。
空よりも、もはや海よりも遥かに青く青く、絵の具で塗りたくったような草原。
悪夢の中なのだと思う。
しろいけもの
とんではしっておよいで
しろをきざむように
歩き続けていると、遠くに何かが見えてきた。
塔。いや、塔にも見える、歪な建造物。
どぎつい赤紫色で、空に向かってそびえている。
なんだか柔らかそうに見えた。全体がゆるゆるととろけ垂れさがり捻れたわんでいたから。
こわれてしまった生き物のからだ。そんな風に思った。
ゆく
しろいけもの
おともなくしらじらと
塔には入り口がなかった。
本当にどろどろと溶けてしまったようなその建造物は、ただ閉ざされて歪に建っている。
何のために建てられたんだろう。入り口のない建物なんか。
さっき、たしかに…
考え事をしようとしたとき、塔の壁がまるで折り紙を開くようにぱたぱたと開いて穴ができた。
地面から少し高いところにできたその入り口の、
周りの壁がこちらに向かってまた開くように動いて傾いた階段を形作り、私の前にたどり着く。
…変な夢だ。
私は階段を上った。
かけのぼるかけぬける
ゆらめきひらめき
しろいけもの
外観からはそうも見えないが、石造りのようだった。
中まで赤紫色で、ところどころ割れ目から食い込む蔦のようなものは目に痛い群青色をしている。
血管、に、見える。
気の向くままに建物の中を行き来していると、鏡のある部屋に着いた。
破れた鏡のその皹から、金色のような色をした細長いものが幾らか床に垂れさがっている。
…鏡に写っていた細長いものが、皹から出てきている?鏡の中にも金色のようなものは続いている。
鏡に写る背後を見た。金色めいたものはどこにもなかった。
ぴしゃり。
細長いものの方からそんな音がした。
振り返らず、私は部屋を出た。
しろい
けものがゆく
うえへ
ぴしゃり、という濡れた音が追ってきている気がしたけど無視した。
螺旋階段を上っていく。
…螺旋ではないかもしれない。なんだか妙にくらくらしてくるから。
赤紫で視界がちらつく。
びしゃっ、弾け潰れる音がした。
振り向くと、すぐ後ろからやけに暗かった。
ゆらゆらざわざわ
たゆたう
くろかった?
私は階段を駆け上った。
壁の外、建物の外側に出る道。
頭上の方にさっきの青い草原が広がっていた。
塔の上、いや下の方に入り口はまたなくなっている。
嫌な感じがしたけれど、止まらずに駆け抜けた。
また塔の中に道が行く。
一本道だ。長い、廊下。
壁をずるずると緑色の液体が粘り滑り落ちてくる。たった今壁について正に落ちはじめたように。
くろいゆらぎ
おうおわれる
しろいけもの
緑色のそれはまっすぐに壁を滑り落ちていくのではなくて、私に向かってきているような気がした。
走り抜ける。
扉が見えた。
扉にとびつく。開ける。駆け込む。
しろいけものが
いた。
逃げ場を失い焦ったように、右往左往している。
けものを
つかまえないと
かえれない
私は手を伸ばそうとした。
途端に怖くなった。
なんだかわからないけれど、怖い。
でも、捕まえないと。
でも。
でも。
ぐちゃぐちゃっ。轢き潰される音がすぐ後ろでした。
くろい
一瞬で全て見えなくなった。
抱き締められたように暖かい。
きづかないで、
かえろう。
あなたのなかの、あなたのそとに、あなたがおちてしまわないうちに。
かえろう。
目覚まし時計の音がしている。
2007/09/23