額縁花屋
花がまた増えた。
庭先の花ではない。道端の花でもない。ましてやもらった花というわけでもない。
そもそも、生きた普通の花のことですらない。
絵の中の花だ。
私の部屋の壁に飾られた、さして大きくもない額縁の中の花が、増えている。
町外れの小さな雑貨店で買った風景画。
黄昏時の蒼い空の下に地平線の見える緩やかな丘が描かれ、そこにはまばらに白い花が咲いていた。
大きさを対比するものがないからはっきりとはわからないが、背丈は低く花弁は大きい百合に似た花に見えた。
店で見たときからその花はとても綺麗に見えた。澄んで鮮やかなまでに白いのに、不思議な現実味のある美しい花。
…今から思えば、回りの景色と比べてその花は妙にリアルに描かれていたような気がする。
変化に気付いたのは買ってきて三週間くらい後のことだった。
画面の手前の方に、やや大きめの花があった。まるで今にも画面からこぼれ落ちてきそうに、その花は咲いている。
…明らかに、始めはなかった。
困惑して近づいて見てみると、丘もだいぶ白い花に覆われている。
どう見ても絵の花が増えていた。
数日間私はどうするか悩んだが、結局そのままにしておくことにした。
返品しようにも理由があまりまっとうではないし、多少不気味ではあったけれど花自体はとても好きだったから。
それからふと気づく度に花は増えている。
背景の空もだんだんと夜に近づいてきていて、それにつれその花が白く光っていることもわかってきた。
ますます美しい花だ。
今日もまた増えている。
近づいて見ると、今までなかったものが増えていた。
甘い、香り。
いささか薄すぎる香りだが、それでも甘く優しい香りだ。
…どうやらこの花、画面を本当に越えるつもりらしい。
それにしてもいい香りだった。この香りが漂う部屋で寝たら、夢の中まで花が咲きそうだ。
…そう思って寝たら、本当に夢の中でも花を見た。
しばらくたって。
仕事から帰り、部屋の扉を開けるとむせかえるほど濃厚な甘い香りが鼻をついた。
慌てて絵を見る。
絵の中は完全に夜になっていた。
花は地面を覆いつくし、地平線まで白く光が埋めている。優しい光。
ざわ、と丘の花が波うった。白い光が舞う。…絵の中を、風が吹いている。
手前の方の花を見る。…額縁の外に、出ている。
もはやそれは額縁ではなく、別世界への窓だった。
…こっちにまで出てきたら、どうしよう。
私は再び悩んだ。
まともな案が出てくる訳もない。
仕方がないから届く限りの花を摘んで、職場に持っていくことにする。
摘んだ花は普通の花と同じく、数日で散った。恐れることは、なさそうだ。
相変わらず花は気付くと増えている。
いつまでも『窓』の向こうでは一面花が揺れていて、時折花びらが部屋に舞い込む。
開けておける窓を開けて濃すぎる香りを飛ばしていると、やがて近所の人にも花を配ることになっていた。
私は花屋を兼業することを考えはじめた。
2007/09/09