作家
私はだいぶ前から其処にいる。
其処には…その部屋には扉も窓もない。
部屋の四辺にそれぞれ寝床、大小様々な本で満たされた大きな本棚、暖炉、机があり、天井には明かり。
机の上にはいくらかの筆記用具、開かれたままの本一冊。
私は椅子に座り机に向かって、一本の鉛筆を回しながら開かれた本を眺めている。
私は物語を書いていた。
今書いている物語の舞台は、暗闇の中に浮かぶとある球体…星、名前は『地球』。
其処では『生き物』の『人間』が栄え、
石などで『地球』の上に集団生活のための『街』を作って生きている。
いくらかの『人間』が集まって色々な名の共同体を作っては、
争ったり和解したりしている世界。
無論、個体同士も色々なことをする。
私は彼等を争わせ、殺し合わせ、たった一人を幸福にしては、
集団一つを奇跡を起こして救ってみたりする。
ああ、そういえば机の上にもう一つ。
水晶球のようなもの。これは私の宝物だった。
今その球には、書かれた物語の最後の場面…街を人間達が歩いている様子を写して、止まっていた。
不意に悪戯心を起こし、本に『不意に、空に虹が出た』と記す。
途端、球に虹が出ている空が写しだされた。
球をつついて転がし角度を変えると、地上の様子…目を丸くして驚き、
仲間同士そわそわと騒ぎあう人間達が見えた。
それを眺めていると、私はどうしても微笑みを浮かべてしまうのだ。
しばしして、映像は停止する。
皆驚いた顔のままだ。なんとも微笑ましい。
大した描写などしなくても、これは私の想像通りに物語を写し出す。
お陰で私はとても楽しかった。
物語と言っても、まともに筋道立てて書く事は少ない。
いい加減に書いてもきちんと写し出される物語の世界を楽しむ、
それだけのために私は物語を書いている。
最低限を綴るだけでいいのだから、形は箇条書きですらいいのだ。
誰も私の物語を読んで批評する事などない。
だから、読めたものでなくても誰も困らない。
それは酷く気楽で、酷く淋しいことだった。
どうしても気に食わない出来の物語は、本ごと暖炉に放り込んでしまうこともあった。
暖炉に放り込まれた本は、大抵とても美しい焔をあげて灰も残さず燃え尽きる。
勿論、物語の中に世界が焼かれる事など書きはしないから、
本の中にいる存在は何も知らないまま消え失せるだけ。
可哀想…なのかもしれない。けれど、彼等の中に『世界が消えたという事実』は無いのだ。
それなら哀れむ必要も、無いというもの。
不思議な事に、本棚にはいつも白紙の本があった。
だから私は退屈しすぎることなく、この世界で暮らしている。
書くのに飽きれば昔書いたものを机に持って来て広げる。
そうすればその物語の世界をまた初めから辿れる。
疲れた時は横になり、眠る。
眠った時に夢を見ないのは、おそらく起きている時に幻想に溺れているからだろう。
時に、私は自分で書いた物語の世界に嫉妬することがあった。
私の世界はとても狭いのに、あの世界はひどく広い。
私は独りなのに、本の中の存在は一人ではない。
淋しさ故に書いた物語が、私をさらに淋しくする。
彼等を苦しめたとて私は楽になれない。
彼等を喜ばせたとて私は楽になれない。
だからこそ、私は彼等を自由に操り続ける。
ある存在には私と同じ思いをさせ、ある存在には私と正反対の境遇を与え、
ある存在には私の思い付く限りの不幸に見舞わせ、ある存在には私の願う幸福を授ける。
彼等は、私のことを知ったらどう思うだろうか。
そう思って、今書いている『地球』の物語の中の人間達に、『神』という概念を与えてみた。
その時私はどんなに楽しかったか!
私を崇めるもの、呪うもの、はては私を口実に争うものまで現れた。
私のためにと悪を働くもの、善行を摘むもの、苦行、祈り、その他諸々…
私は、私を好ましく思っているものは幸福になるとどう思うか、
不幸になればどうか、憎むものはどうかと遊んだ。
本当は…わかっていたのだ。全て私が心の何処かで思い描いた様にしかならないことくらい。
彼等が信じる『自我』すら、私が刷りこんだまやかし。
何を書いても私は満たされない。
私の書く物語は、どうあがいても私の空想から逃げられないから。
近々、『地球』の物語も暖炉に放り込んでしまおうと思う。
彼等は世界が消える事に気付かぬままに無くなるだろう。
私が筆を止め時が止まろうとも気付けないのだから。
私とて、気付いている。
私の存在もまた、何者かの空想でしかないのだと。
そしてその存在が私の物語を破棄し私がいなくなる時にさえ、私もそれに気付かないのだと。
だが私は理解している。
私の物語を書いた存在もまた、誰かの手の内で踊っているだけ。
その創り主も、更にその創り主もまた、然り。
私はそれを知っているだけ幸福なのだ…
この思想すら与えられたものであることを、忘れている時だけは。
2006/11/19