Memento Mori





   お前には何も出来ないよ、
そう言ってそれは笑った。





それに気付いたのは三日目の事だった。
目を覚ました時、それはベッドの横で窓の外を見ていた。
  あんたは。
声をかけると、それはふとこちらを見遣って、言った。
   見えるのか。
さして気にした風もなく、
再びそれは外を見る。
  誰なのかって聞いてる。
そう言うと、それは窓の外を見たままで、
   それが解って何になるのかな。
呟きを漏らした。


その日、自分がどんな状態なのか、聞かされた。


誰にも気に留められぬまま、それはこの部屋に居座った。
毎日、
ずっと、
外を見ている。
ベッドの横の、林檎と果物ナイフを取る。
  食べないか。
それは初めて窓を離れて、
   食べないけど、
それは初めて、笑った。
   お前が食べるのも無意味だ。
黙ったままそれを見た。
楽しそうな笑いだった。
  何で。
それはベッドに近付いて、囁いた。

   お前、死ぬよ。

それはずっと、笑っている。



絶望…
恐怖…
悲哀…
…諦念。



幾つ食べても、
幾つ食べても、
林檎は甘くて、水っぽかった。






ゆっくりと、弱ってゆく。
ゆっくりと、死んでゆく。
自分はいて、
それもいる。
  どうしてなんだ。
それは優しい声を出した。
   理由はない。
さえぎると、
  理由もないのに…
さえぎられた。
   けれど。
それの声が静かに言う。
   ちゃんと死ねるのは、ちゃんと生きたものだけ。
いつもそれが見ていた、窓の方を見る。
  …そういうことじゃない。
ここからでは、外は見えない。
  まだ、生きたい。
変わりに、それが窓に向かった。
   本当に、死ぬのはお前かな。
   本当に、死が終わりかな。
   …死ぬ権利が、お前にあるの。
窓が、開けられた。
  何が、言いたい。
カーテンが、風に揺れた。
   お前を覚えている人は、お前の死より生を覚えている。
   …多分。
風は、柔らかい。
  何が言いたいのか、わからない。
それはベッドの横で、窓の外を見ていた。
   わからないことこそ、わかること。
あとは、無音。






白い部屋。

赤い果実。

紅い…





夜中、目を覚ます。
それはまっすぐこちらを見ていた。
   怖くないのか。
横たわったまま返す。
  怖い。
それは窓の方を見た。
   終わらせてしまいたいとは思わないの。
月が出ているのだろうか、白い光がそれを照らす。
  怖いから、死にたくない。
あるいは、外の蛍光灯でしかないのか。
それはもう一度こちらに近付いた。

それの目は優しくて、温かかった。

   お前には何も出来ないよ、
そう言ってそれは笑った。

   …こちらが、色々出来る変わりに。



林檎の赤に紅が散った時には、
それは見ているだけだったのに。

絆創膏を引き剥がし、
それは滲んだ血の上から、
鮮やかな傷を細くなぞった。

時を、遡る。

肉と肉の間に溢れかけた血が戻り、
断面がざわめきながら吸い付き合い、
皮膚が溶け合う様に合わさり、
傷は、消えた。

  …気持ち悪い。

   これが、死を拒むということ。

呟き声に反して、それは笑っていた。



   お前は生、死、どっちが怖いんだろう。
   本当に怖いのは、どっちなんだろう。





思ったよりもあっさりと眠くなっていく中、
ベッドを家族が取り囲む向こうで、
笑っていた。



諦念…
悲哀…
恐怖…

絶望…





   さあ、帰ろうか。
   …お疲れさま。




…それは、安堵だったかも、しれない。









2006/01/29